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長崎地方裁判所 昭和32年(ワ)27号 判決

原告 大串喜代三

被告 井村実三

被告 松田幾夫

主文

一、被告井村実三が、被告松田幾夫に対する、長崎簡易裁判所昭和三十一年(ハ)第三〇五号事件の和解調書の執行力ある正本に基いて、昭和三十二年一月二十二日別紙目録記載の物件に対して為した強制執行は、之を許さない。

二、当裁判所が、昭和三十二年一月三十一日附で為した、強制執行停止決定(原告と被告井村実三間の)は、之を認可する。

三、本判決は、前項に限り、仮に、之を執行することが出来る。

四、被告松田が、昭和三十二年五月六日午後一時の本件口頭弁論期日に於ける弁論に於て為した、原告の同被告に対する請求の認諾は、有効である。

五、訴訟費用は、被告井村実三に対する関係に於て生じた分は、同被告の、被告松田幾夫に対する関係に於て生じた分は、同被告の各負担とする。

事実

原告は、

被告井村実三に対し、主文第一項と同旨の判決を、被告松田幾夫に対し、同被告は、原告に対し、別紙目録記載の物件を引渡さなければならない旨の判決を、訴訟費用について、被告等の負担とする旨の裁判を求め、その請求の原因として、

一、被告井村は、その債務者たる被告松田に対する強制執行として、主文第一項に掲記の和解調書の執行力ある正本に基いて、昭和三十二年一月二十二日、別紙目録記載の物件を差押えた。

二、併しながら、右物件は、原告の所有であつて、被告松田の所有ではない。

原告は、昭和三十年九月六日、訴外ダイヤモンド産業株式会社が、被告松田の財産を差押え、之を競売した際、前記物件を競落して、その所有権を取得し、同時に、その引渡を受け同日、之を被告松田に、原告の請求のあり次第返還する約定で預け、爾来、同被告に於て之を占有して居たものである。従つて、それが、被告松田の所有であるとして為された前記強制執行は不当である。

三、被告松田は、右の次第であるに拘らず、右物件が、原告の所有であることを否認し、原告の返還請求を拒絶して、その引渡を為さないで居る。

四、仍て、右両名を被告として、被告井村に対し、前記執行の排除を、被告松田に対し、右物件の引渡を、夫々求める為め本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

立証として、

甲第一、二号証、第三号証の一、二、三、第四号証の一、二、第三号証を提出し、証人松本翠の証言を援用し、

乙第一号証の成立は不知、第二号証はその成立を認めると述べた。

被告井村は、

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、

一、差押関係は之を認める。

二、併しながら、本件物件が、原告の所有であることは、之を否認する。

右物件は、被告松田の所有である。

従つて、被告の為した強制執行は正当である。

と述べ、

立証として、

乙第一、二号証を提出し、

証人山下寿美、鉄本弥一郎の各証言を援用し、

甲第一、二号証は、その成立を認める。その余の甲号各証の成立は、孰れも、不知と述べた。

被告松田は、

昭和三十二年五月六日午後一時の本件口頭弁論期日に於ける弁論に於て、原告の請求を認諾した。(この認諾は、同日の弁論調書に記載されて居る。)

被告井村は、

被告松田の右認諾について、異議を申立て同被告の為した右認諾は、無効である。何となれば、右物件は被告松田の所有であつて、原告の所有ではないから、それが、原告の所有であるとして為された右認諾は、真実に反する認諾であつて、無効であるからである。

と主張した。

原告及び被告松田は、

本件物件は、原告の所有であつて、被告松田は、原告主張の約定で、原告からそれを預り居るものであるから、原告の返還請求に応じて為した、被告松田の右認諾は、何等真実に反する点はなく、適法且有効である。従つて、被告井村の異議は、理由がない。と主張した。

被告松田は、

立証として、

丙第一、二号証を提出した。

被告井村は、

丙号各証の成立を認めた。

当裁判所は、

職権で、原告大串喜代三、被告井村実三、同松田幾夫の各本人尋問を為した。

理由

一、被告井村が、その債務者たる被告松田に対する強制執行として原告主張の債務名義の執行力ある正本に基いて、その主張の日に、その主張の物件を差押へた事実は、当事者間に争のないところである。

二、而して成立に争のない甲第一、二号証と証人松本翠の証言並に原告本人及び被告本人松田幾夫の各供述とを綜合すると、原告がその主張の日に行はれた、その主張の競売に於て、本件物件を競落し、その所有権を取得して、その引渡を受け、同日、之をその主張の約定で、被告松田に預け、爾来、之に基いて同被告が之を占有し来つた事実を認定することが出来る。

証人山下寿美、同鉄木弥一郎の各証言及び被告井村実三の供述中、右認定に反する部分は、措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、右認定の事実によると、本件物件が、原告の所有であつて、被告松田の所有に属するものでないことが、明白であるから、右物件が、被告松田の所有に属するものとして為された前記強制執行は、不当である。従つて、原告は、その執行の排除を求め得るから、その執行の排除を求める、原告の本訴請求は、正当である。

四、仍て、原告の被告井村に対する本訴請求は、之を認容し、訴訟費用中、同被告に対する分は、民事訴訟法第八十九条によつて同被告の負担とし、同被告に対する関係で為された強制執行停止決定は、同法第五百四十九条第四項、第五百四十八条によつて、之を認可し、この部分については、右法条によつて、仮執行の宣言を附する。

五、被告松田は、本件口頭弁論(前記の弁論期日に於ける弁論)に於て、原告の同被告に対する請求を認諾したのであるが、(この認諾が、調書に記載されたことは、前記の通り、)被告井村は、之に対し、異議を申立て、その無効を主張して居るので、先づ、被告井村に於て、異議を申立て得るや否やについて按ずるに、本件訴訟が、必要的共同訴訟であるならば、被告松田の認諾は、被告井村にとつて、不利益であるから、民事訴訟法第六十二条第一項によつて、無効であつて、同被告に於て、その認諾について、異議を申立て、その無効であることを主張し得ること勿論であるけれども、それが、通常の共同訴訟であるならば、その様な申立を為して、その無効であることを主張し得ないと解せられるところ、民事訴訟法第五百四十九条第一項後段の規定は、債権者と債務者が、共に、執行の目的物の所有権が、原告に帰属するものであることを争ふときは、各別に、その帰属を決定させるよりは、同一手続に於て、同一証拠により、一挙に、之を決定させる方が、訴訟経済上、妥当であると認めて、その両者を、共同被告とすべきことを命じて居るものと解せられるので、それは、言はば、便宜的処置であつて、必要的共同訴訟として、之を認めた趣旨ではないとするのが相当であると認められるから、右規定に基いて為された本件訴訟は、通常の共同訴訟であるとするのが相当である。従つて、同被告に於て、右認諾について、異議を申立てその無効であることを主張することは、許されないところであるとしなければならない。(通常の共同訴訟に於ては、各被告に対する訴訟が一の手続に於て、併合されるに過ぎないのであるから、その判決(認諾、和解等を含むこと勿論である)の既判力は、夫々、独立して居て、被告相互間に、その効力を及ぼすことはないのであつて、従つて、訴訟の結果によつて、相互の間に、影響を及ぼし合ふべきものは、何ものもないのである。この故に、法は、通常の共同訴訟に於ては、被告相互間に、相反する訴訟行為が為されても、夫々、独立して、その効力を有するものとなし、互に、その相手方の行為の無効であることを主張し得ないものとして居るのである。)従つて、被告井村の為した、被告松田の認諾に対する異議は、不適法であるから、却下さるべきものである。仍て、右異議は、之を却下する。

而して、この異議の却下は、之を主文に掲記すべきものではないから、主文に之を掲記しないのであるが、被告井村に於て、右認諾の効力を争ひ、而も、本件訴訟の性質を如何に解するかによつて、それを無効とすべき場合があるのであるから、当裁判所の、右認諾の効力に関する判断は、之を主文に掲記し、その点を明確にするのが相当であると解せられる。然るところ、当裁判所が、本件訴訟を以て、通常の共同訴訟であると解すること、前記の通りであるから、当裁判所が被告松田の為した認諾を以て、有効な認諾であるとすること勿論である。仍て、之を主文に掲記し、その有効であることを宣言する。

尚、被告松田に対する訴訟は、被告井村の為した異議の申立によつて、認諾の為された後に於ても、なほ、係属して居るものと解し得られるから、本判決に於て、その訴訟費用の負担の裁判を為すのが相当であると認められるところ、認諾は、その結果に於て、敗訴した場合と同様であると言い得るから、被告松田との間に於て生じた訴訟費用は、民事訴訟法第八十九条を適用して、同被告に、之を負担せしめるのが相当である。仍て、右部分の訴訟費用は、之を、被告松田に負担せしめる。

六、仍て、主文の通り、判決する次第である。

(裁判官 田中正一)

〈以下省略〉

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